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~ナザレのイエス~

歩み始め

次男の自叙伝と声明文は、確かに受け止められたようだった。

作文発表する3人の一番初めに次男が発表した。

その日の朝、次男は自分の書いた文章の最後の語尾を変えた。

「私を、彼を、そして世界を自由から縛り付ける敵と、
私は戦い続けます!」を

「私を、彼を、そして世界を自由から縛り付ける敵と、
私は戦い続けるのです!」に変えたのだ。

ます!を、るのです!に変えただけの変更。

しかし、この違いは本人にとって大きいらしい。
それだけこの一文に思いが込められているのを感じた。

それにしても、書いたっきり、今朝のこの変更の時と、
会場についてから変更を書き込んでチェックした以外、
読んだ形跡も、練習をした様子もない。

私はちゃんと読めるだろうかと心配していた。

初めてこの原稿を読んだ時、
「どうしよ。。。」しか言葉にならず、ガクーンと落ち込んだ。

卒業のお祝いの席に読むには、あまりに場違いな文章。
内容も分かりにくいところが多々ある。。。
一体どうやって読むつもりなの?

不安でしかたなかった。

締め切りを前に急いで、次男に聞きながら少し手直しした。

そうしてどうにか話しやすいようにした後も、
こんな話して中二病とか思われないだろうかと気にしていた。

当日前、おぞうたまから
「毒気は消えてるから、大丈夫ですよ。」と言っていただいていた。

毒気が消えている?

そうおっしゃってくださったのを聞いて初めて、
この文章の意味が少しずつ理解出来るよう自分が変化していたことに気づいた。

もちろん、OPメンバーから感想をいただいて、励まされていたこともある。



しかし、本番当日の緊張は本人以上に母親の私の方がひどかった。

司会者に名前を呼ばれ、いよいよ登壇。

背中を丸め座っていた次男。
スクッと立ち、作文用紙を持ち、壇上に上がる。

私はもういても立ってもいられない。
心臓がバクバクして、次男を見ることができず、目の前の床をじっと見つめ、
ナザレのイエスさまに共にいてくださるように祈った。

次男はカサカサと作文用紙を開き、おもむろに読み始めた。

「『自由』」

落ち着いたシッカリとした声。

一瞬、あの子だろうか?と思った。
声はいつものあの子だが、トーンが明らかに違う。

ゆっくりと間を開け、腹から声を出し、意味を噛み締めるように読んでいる。

会場内が静まり返っていた。

会場全体が聴いてくださっている。。。

左側のテーブルにいらっしゃる女性の議員さんがハンカチを取り出し、
目を拭いている姿が見えた。

司会者の方も、時々目頭をおさえ、頷きながら聴いてくださっている。

この反応に一番驚いたのは私だった。

内容は泣けるような話じゃない。なんてったって、声明文である。

自分を殺すだの、孤独だの、過去は存在しないだの、わずか15歳の話。

その話を、建て前でなく、こうまで真剣に耳を傾けて下さるなんてあるのだろうかと思った。

しかも、涙まで流していらっしゃるだなんて。。。

一体、何が起きている?
私はワケの分からない思いのまま、次男の発表を聴いていた。

最後の段落。

あの子の声はいっそう力強く響き、
最後に付け加えた「ご清聴ありがとうございました。」というやけに大人びた言葉も
すんなりと耳に入ってきた。

これはあの子が絶対にこの言葉にすると言って譲らなかった言葉だった。

中学生なんだからそんな難しい言葉じゃなくて
「『聴いてくださり、ありがとうございました。』でいいんじゃない?」と私が言っても、
「いや、ご清聴ありがとうございました。がいい。」と言う。

私は、仕方なく了承した。
でも、実際あの子が読んでいるのを聞くと、それがピッタリだと気づいた。


参った・・・。あの子は心配しかしていない私を完全に裏切ってくれた。


読み終えた後、また背中を丸めて席に座っている。
なんというか・・・いつも通りのあの子だ。



その後、第二部の懇談会で、司会者さんと同じテーブルになり、
話をする機会があった。

「今日は兄が来ていてね」と話し始められた。

「第一部だけで帰ってしまったけど、
兄は『今日来て、僕も気を引き締めないといけないなって思ったよ。』
と言っていたんだよ」と教えてくださった。

どうしてですか?と聞くと、
次男を差して「一心君の作文聴いてね」と笑顔でおっしゃってくださった。

司会者さんは50歳ぐらいの方なので、そのお兄さんといえば、
おそらく、バリバリの働き盛りの年齢の方。

そんな大人の方が、次男にではなく、妹である司会者さんにそう漏らしたことは、
ある意味、おべんちゃらではない本音の言葉に違いないと思った。

あぁ。。次男の言葉は受け入れられたんだ。。。。
初めて嬉しさが込み上げきた。

初めて読んだ日のショックや、
その後ずっとあった心配や不安から、ようやく解放された気がした。

これで良かったんだ。。。安堵が訪れた。

表情には出さないが、次男もきっと嬉しかっただろうと思う。

孤独だった彼の言葉が届いたのだ。

 

エスさまにありったけの感謝を捧げた。。。



あの子の戦いは始まったばかりだけれど、
今回の発表の場があの子に与えた影響は大きい。

一つ、乗り越えた。

あの子の人生は、この世を乗り越えていく連続かもしれない。

あの子も私も一つひとつ向き合っていく。

この世にあの子の父はいなくても、あの子の内には大きな父がいる。


私に与えられたあの子との日々。

問題としか思えない出来事も、この道の途上で
ナザレのイエスさまが与えてくださった大きな恵みとなる。

スタスタと歩きだしているあの子の後で、必死に付いていく私。

まるでその縮図のような出来事を、今回経験させていただいた。

私はこうやって自らを手放し、すべてイエスさまに委ねていくことを覚えるのだろう。

「私には何もできない。」


さあ、この道を歩もう。いつでも今、この瞬間から歩み始めよう。