ヒーリング
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この道はね、愛によっても歩める道なのだよ。
そして愛に開かれるにはヒーリングしかない。 (byおぞうたま)
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先月の終わりに、チャーのヒーリングをしていた時のこと。
ヒーリングをする前、私はそれを確かに認識した。
(検査には特別異常はなくとも、
苦しそうにしていたり、急激な変化が起きるだなんて。。。
もともと病気を持っている子であったにしても、チャーが不憫でならない。
この道にいることが、なんでこんなことになるのだろう?
もっとヒーリングをしなさい。そう言われていると捉えるのは分かるけれど、
それがためにチャーが辛さを担うだなんてあんまりだ!)
どこかこの道のやり方や捉え方を責めたくなるような気持ちだった。
私は、すかさずおぞうたまに教えていただいた手法を用いた。
これを思ったときの身体の原因体にフォーカスして感じ、
それを見ている自分にもフォーカスして、イエスさまに委ねる。
よし!さぁ、ヒーリング。ヒーリング。
ヒーリングを始める前に、まずおぞうたまのヒーリングをする。
その時、感じた。
おぞうたまの光が極度に強まっている!
しばらくそれを感じ、そこに留まった。
それはとても心地いいもので、ずっとそこに留まっていたくなるほどだった。
さぁ、チャーちゃんのヒーリングをとチャーちゃんに注意を向けた瞬間、ふと気づいた。
先ほどの出来事や捉え方を責めたくなる気持ちがない!
全然違う!
今あるのは、こうでもしなくては出来ない自分なんだと、謙虚な気持ちしかない。
ただただチャーちゃんに申し訳なく「チャー、本当にゴメン。。。」と、
ジワッと涙が出てくる。
うわぁ。。なんだこれは。。。
さっきの責める気持ちはなんだったんだ?!
私は心底驚いた。
あれほどしっかりと認識していたマインドの気配は微塵もない。
それとは打って変わって、別の何かが私を包んでいる。。。
それは愛に包まれた何かで、その只中でチャーちゃんも包まれている。
気づいたのはまなざしだった。。。とても柔らかなまなざしだった。
ヒーリングはまなざしになっていた。
大きな大きなまなざしに委ねきった私は、
いつしかまなざしと同化し時間を忘れていた。
とても穏やかな、心地いい体験。
これがヒーリングだ。
私は導かれていた。
この体験の次の日、おぞうたまが投稿用に送って下さった。
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教授がおっしゃった。「死があるのは、おかしい」
病気も怪我も事故も災難も犯罪もすべて必要ない。
別離もいらない。死など論外だ。
この世をまっすぐ見てみればこれら一切はいらないことがわかる。
とは言え、われらの世界にはそれがある。ではどうしたらいいのか。
それを解く鍵が霊だ。魂には死を解決できない。
霊の目と霊の宿る場(?)を準備しよう。
よってわれらは、有意義ではあっても、地上の魂の領域に拘泥し続けるわけには行かない。
先へ進もう。2017/08/29 (Tue) 12:27 (byおぞうたま)
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ちょうど一年前ぐらいに書かれていたおぞうたまの言葉。
今、ようやくそれに気づけた自分だったのだと知った。。。
一年ものタイムラグがある。。。
そして、この一年前のおぞうたまの言葉に続いて、
今回の投稿用に書かれたおぞうたま。
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マインドは人間の愛を語りたがる。
魂を語りたがる。
道と対比して語りたがる。
彼はそんな人間(マインド)と対立してはいないというのに、
人間は何故だか彼と戦いたがる。
だが彼はそんなわれわれを愛しておられる。
この世を深く悲しみ慈しみながら愛しておられるのだ。
御自身と敵対せずにはいられない人間を愛しておられる。
そのまなざしを霊の目という。
私は霊の目(ビジョン)を持つ者たちと
霊の宿る場(としての第二ライン)を一緒に準備したい。
マインドの言うことはマインドのいうことであって、
道はマインドとは関係ない。
ただただマインドが勝手に敵対するだけなのだ。(byおぞうたま)
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『マインドの言うことはマインドのいうことであって、
道はマインドとは関係ない。
ただただマインドが勝手に敵対するだけなのだ。』
私は大きくこの言葉に同意する。
なぜこんな可哀想なことが起こるんだ!私のマインドは勝手に敵対していた。
けれど、イエスさまに委ね、ヒーリングをすると、
彼のまなざしに、霊の目に気づけるのだった。
それは、マインドの敵対とはまったく別ものだった。。。
おぞうたまは、第二ラインを霊の宿る場として準備されていらっしゃることを予告してくださった。
私たちはヒーリングをしながら、
霊の宿る場をイエスさまによって準備されていることを知らされている。
タイムラグが一年もある自分。
これに気づける(霊の宿る場になる)のは、あと一年後なのか?!
いや、何も決まってはいない。。。
もしかしたら、なくなってしまうかもしれないし、すぐにでも準備は整うのかもしれない。
飛行場でたくさんの犬を乗せたゲージを見る。
私は自分の犬を忘れてたことに気づく。
妊婦の私が、ガンガン話し続けるかつてのパワハラ上司を前に乗せ、ひたすら前だけを向いて自転車をこいでいる。
忠誠心(犬)を取りにホームへと戻るのだ。
飛行機はいつ飛び立ってしまうのか分からない。
このかつて観た夢が、今の私の与えられた状況だ。
夢は面白い。
随分と前に、私の状況を予知してくれる。。。
成就するまで祈り続けようと思う。
イエスさま、どうか一人ひとりが霊の目となることができますように。。。
そして、第二ラインが霊の目の宿る場となることができますように。。。
第二ラインが一丸となって機能することが叶いますように。。。
『先へ進もう』
今、おぞうたまの言葉がこだましている。