peer

~ナザレのイエス~

隅の頭石とマリアの涙

 

youtu.be

Sade pearls 1992年リリース

 

ソマリアの女がいた
路傍で真珠を磨く女
自然をも超える力
それが彼女を生かしめていた
これは 
彼女がいかに
死んでいったかの物語
彼女は死ぬほどに生きていきたかった
彼女の信念が何であったかは分からないが
私はそれが勇気であったと思いたい

彼女は天上の国に向かって叫ぶ
私の心には石が沈んでいる
彼女は特に選んだのでもない
この生を生きる
それがおろしたての靴のように痛む

おろしたての靴のように痛む

ソマリアの女がいた
太陽は慈悲を彼女に賜わない
私たちが見上げる同じ空が
彼女を骨まで焼き尽くす
午後に伸びる影のように長く
彼女を家に連れ戻そうと
一粒ずつよく磨かれた
彼女の小さな娘のための真珠

ハレルヤ
神に御栄えあれ

彼女は天上の国に向かって叫ぶ
私の心には石が沈んでいる
彼女は特に選んだのでもない
この生を生きる
それがおろしたての靴のように痛む
おろしたての靴のように痛む

 

 

 

 

 

youtu.be

 

MILLENNUM  ミレニアム 

黙示録によれば、未曽有の歴史的苦難の後、キリストが再臨し、

千年の間この世界を統治するという。

これをミレニアム(至福千年)という。

餓えも争いも悲しみもなく、全世界に平和が行き渡る。。。


西暦2000年を前に、ソマリアの女は幼き娘の為に、自ら歩むべき「運命の道」の脇で、

いくつもの小さな真珠を磨き続ける。


ミレニアム(新しき千年期)の到来を願いつつ磨き続ける。

 

だが女の地の海の底には石がある。
真珠化されていない石が重く沈んでいる。
打ち捨てられた隅の頭石。


彼女はそれを知っている。

かくして女性性という謎は深化する。
人間としての内省も憐れみも届かない、あの太古的沈黙の沈みまで。

彼女は降りていけるだろうか。。。

 

 

 

f:id:sekai113117:20190701150624j:plain

 

 

神は「女」を通して、生(なま)の現実ー観念でも感情でもないー

ゴツゴツした生(せい)を聖化する。


これをオプス・デイ(神の為せる業)という。

 

 

 

頭脳の答えを求めない幾つかの問いかけ

 

1.1991年から現在に至るまでの、ソマリアの状況に、愛ある関心を持ち、
そこに逃れがたく編み込まれた「ソマリアの女になること」は、

あなたという人格に何をもたらし、培うのだろうか?

 

2,真珠貝にとって、真珠を形成する長い長い痛みの時間を、

「貝の身体になって」体験することは可能でしょうか?

 

 3、生にとって、女性性(マリア性)とは何ですか?

何が女性性を命じているのでしょうか?

 

4,真珠とは、マリアの涙ではないのか。
あなたはマリア空間において、ソマリアの女に繋がり、彼女をマリアの祈りとして、

彼に捧げるだろうか?それを見るだろうか?